インボイス導入で廃業危惧するマンガ・アニメ関係者は2割超、エンタメ4団体が中止を懇願

左から廣瀬綾、丸尾聡、植田益朗氏、大塚雅彦氏、岡本麻弥、由高れおん。

エンターテインメント業界の4団体による、インボイス制度見直しを求める記者会見が、去る11月15日に東京・千代田区立日比谷図書文化館スタジオプラスの小ホールで行われた。

2023年10月1日より導入されると告知されており、個人事業主やフリーランスの人に大きな影響を与えるインボイス制度。記者会見には声優でVOICTION共同代表の岡本麻弥、アニメ業界の未来を考える会からTRIGGER代表取締役の大塚雅彦氏とスカイフォール代表取締役の植田益朗氏、インボイス制度を考える演劇人の会から劇作家・演出家・俳優の丸尾聡と俳優の廣瀬綾、インボイス制度について考えるフリー編集(者)と漫画家の会からマンガ家の由高れおんが出席した。

由高からは、今でも厳しいマンガ家の実情が語られる。マンガ家の収入は、原稿料と印税の2つが主。しかし原稿料は長期にわたる日本経済の停滞と出版業界の不況により、ここ数十年上がっていない。一方の印税は単行本の売り上げに比例するため、マンガ家によってかなり格差が生まれてしまう収入形態。この状況でインボイス制度が導入されれば、これまで免税事業者だったマンガ業界のフリーランスたちが新たな納税・収入源に耐えられず、廃業に追い込まれてしまう。それがいずれ日本人のマンガ離れや、マンガ家になっても副業をしなければ生活できないという事態につながるのではないかと由高は懸念する。

また由高は、11月3日から10日にかけて行なったマンガ業界の実態調査アンケートについて結果を報告。このアンケートには1275件の回答が集まり、その回答者のうち約98%が個人事業主だという。「インボイス制度の仕事への影響」という項目では、「廃業する可能性がある」と答えた人が20.6%、「廃業を考えている」と答えた人が0.6%。大半のマンガ家がインボイス制度導入について大筋は把握はしているが、誰のため、何のための制度なのかを理解できていない人が多いとのこと。また制度に対して賛成している人は、1275件中わずか17件にとどまったと明かす。

さらにインボイス制度がアシスタントに及ぼす影響も深刻だ。現状でもアシスタント業の年間売上は100万円から200万円未満が31%、100万円未満が30%で、合計200万円以下の層が6割。ほかの仕事と掛け持ちしないと生活できない人が半数以上を占める。一方でマンガ家も原稿料が上がらないため、アシスタントに十分なギャラを支払うには不安定な印税に頼るしかないという苦しい状況である。そんな中でマンガ家はアシスタントに課税を迫れず、アシスタントもマンガ家に免税を迫れない。プロのマンガ家になるにはアシスタントとして経験を積むという手段が1つ大きくある中で、もしインボイス制度導入されればアシスタントにもなれず、マンガ家になるという夢を断念せざるを得ない人が増えるのではないかと由高は危惧する。

“クールジャパン”と謳い、自国の魅力としてマンガやアニメをアピールしている日本政府。由高は声を詰まらせながら「インボイス制度が導入されたら、早いうちに韓国や中国のような海外勢力に日本のマンガ産業が飲み込まれ、一部の大手出版社や有名作家の作品以外は死滅していくと考えます。そうすればマンガは世界に誇れる日本の文化ではなくなります。もし政府にクールジャパンを守りたいという思いがあるなら、一刻も早い制度の延期・中止をしてください」と切実に訴えた。

「機動戦士ガンダム」の制作に始まり、アニメ業界に入って43年になる植田氏は「長い歴史の中で、このインボイス制度ほど危機感を覚えたことはありません」とコメント。政府に対し「これはまさに弱い者いじめではないか」とまで言い切る。アニメ業界で働くフリーランスを対象にしたアンケートによると、インボイス制度の導入により4人に1人が廃業危機、6割がその影響を懸念しているとのこと。植田氏は「今までアニメ業界はブラック産業と言われてきました。しかし昨今は業界全体で労働環境の改善に臨み、アニメーターの人材育成や社員化等を進めております。それでもすべての人を社員化できるわけではないという実情もあり、いかにフリーランスの支えが重要かというのは今後も変わりません。フリーランス、特にアニメーターに廃業を迫るということは若手が入ってこなくなるということ。数年後のアニメ業界は壊滅状態になるのではないかと危惧しております」と窮地の状況を伝えた。

インボイス制度を憂慮し、咲野俊介、甲斐田裕子とともにVOICTIONを立ち上げた岡本。声優が政治的発言をするのはキャラクターのイメージを守るためファンやクライアント、事務所から嫌がられることが多いが、それだけインボイス制度が声優業界に与える影響を恐れたという。現在、声優として活動している人数は1万人以上。事務所の所属有無にかかわらずほとんどが個人事業主のため、業界としてインボイス制度の影響を強く受けてしまう。

VOICTIONでは9月から10月にかけて自分たちの公式サイトで2つのアンケートを行った。声優の収入に関するアンケートでは、全年齢で300万以下が76%という結果に。インボイス制度の導入で廃業するかもしれないと回答した人は27%にも及んだ。また「インボイス制度の導入について事務所や取引先から説明をされたか」という質問には、10月末時点で80%の人が「まだされていない」と答えたとのこと。一方で話があったと回答した20%の人からは「登録してもらえないと今後の契約は約束できない」「課税事業者にならないとその分値引きする」など、独占禁止法に抵触するような言葉をかけられたという声も挙がった。それに対し岡本は「実際はこんなことを言われません。おそらく『役に合わなかったね』『今回は縁がなかったね』などと言われ、(登録しなかった人たちは)本当の理由を知るよしもなく、そっとこの業界を去っていくしかないのです」と静かに話す。免税事業者のままでいればギャラを値引きされ、仕事がなくなる可能性も。しかし課税事業者になれば新たに納税したり、税理士を雇ったりで金銭的な負担が増える。岡本は「どちらを選んでも、豊かになる未来は決して見えません」と語った。

また岡本はインボイス制度見直しを進めるにおいて、“預り金”に対する誤解を解かなければいけないと述べる。消費者が事業者に対して支払った消費税は、事業者が預かり金として税務署に納める。そのうえで免税事業者に対し、世間からは時折「預り金をネコババせず正しく納税せよ」という声もあるそうだ。岡本は「1990年、東京地裁において裁判所は『消費者が事業者に対して支払う消費税分は、あくまで商品や役務の提供に対する対価の一部としての性格しか有しない』と言っております。また裁判の中で財務省は『事業者が納税義務者であることは明らかである。消費税相当額は対価の一部にしか過ぎない』と言いました。これは明確に(私たちの)売上であり、預り金ではないということではないでしょうか。なんにせよ、法のもと保護されているのが免税事業者です」と力強く述べる。

インボイス制度見直しを進めるにあたり、もう1つの壁が「おたくの業界の問題だろ?」という無関心な人たち。岡本はたとえインボイス制度の導入で影響を受けなくても、当事者として問題視してほしいと訴える。最後に岡本は、インボイス制度を考えるフリーランスの会が進めている抗議活動「STOP!インボイス」について言及。「『STOP!インボイス』のオンライン署名が10月末に10万筆を超えました。現在も着々と増えているそうです。小さき悲鳴を1つずつ集めて、大きなうねりとして私たち望む未来に変えていけたら」と呼びかけた。

記者会見の後、登壇者たちは衆議院第二議員会館多目的会議室で開催された「インボイス問題検討・超党派議員連盟設立総会」へ。インボイス制度の中止を呼びかける同議連は衆議院議員の末松義規が会長を務め、11月15日時点で55人が参加している。末松議員は「このインボイスによって500万人近くが影響を受けると言われています。一人親方の企業や父ちゃん母ちゃんでやっているような低所得の企業、タクシーの個人営業者、シルバー人材センターの方々。そういった人たちはもともと帳簿をつけて細々とやってきた正直者です。その方々がインボイスを通じて事務的な大きな負担を強いられ、仕入税額控除の関係で取引先から排除される。そんな馬鹿なことはないし、こんな政治はないと思いませんか!」と語気を強めて言うと、周りの議員たちも「そうだ!」と同意する。

総会に出席した国税庁の課税部軽減税率・インボイス制度対応室長の下野哲史によると、インボイス制度の登録者数は10月末時点で143万件。9月末時点から22万8000件増で、毎月20万件ペースで登録者数は加速しているという。課税事業者は300万件と見積もっているため、すでにおよそ半数弱の登録がされているということだ。財務省で主税局税制第二課の企画調整室長・染谷浩史は「インボイス制度導入は複数税率のもとで適正な課税を行うために必要な制度。それとは切り離して、クールジャパンを支えることも政府として重要であると考えています。そのうえで生じる懸念点は別途の政策等で解決していくべきではないか」と述べた。なおこの日の記者会見と総会の模様は、YouTubeでアーカイブを見ることができる。